吉屋潤の想い出① 光復節

今日は8月15日、
日本では「終戦の日」、連合国側では「対日戦勝記念日VJ DAY」
そして韓国では「光復節」と呼ばれる日だ。

鶴見会館が、老朽化のため今年11月いっぱいで閉館ということなので、
(ちょうど1000人ぐらいの客数、第一京浜沿いのなかなか使い勝手のいいホールだった)
吉屋潤先生との想い出①
として書いておく。

93年だったと思うが、鶴見会館ホールであった「光復節記念式典」で、演奏をしたことがある。
たぶん川崎~鶴見~横浜地区の民団の催しだったのだろう。

Yoshiya
Yoshiya

吉屋さんがトリを務め、
そしてバックは、僕がリーダーをしていたバンドで全員日本人だった。
今考えると光復節の式典で、ステージにいる大半が日本人というのは、なかなかカオスな気もするが、
吉屋さんは、いっしょに演奏をするバックメンがどこの国のミュージシャンだろうと、いっさい気にかけない人、
光復節だろうが、他の民団のイベントだろうが、他の出演者に何を言われようが、どこ吹く風だった。
(「吉屋さん」と書いてるが、韓国では「吉(キル)屋潤(オギュン)」となる)

吉屋さんは、Jazzに憧れ、日本に憧れ、戦後に日本に来て、
田端義夫のバックバンドを経てすぐに人気Jazzマンになった人で、
「日本で差別なんて受けたことないよ。」って常々語ってたから、

「光復節」
に対する思い入れは、さほど深くなかったのかもしれない
(NHKの取材などでインタビュアーが吉屋さんに、差別のこととか日本の悪口を語らせようとするのだが、そんなの全然ないよって言って、いつも日本を誉めていた。どうしても日本を悪者扱いしたい変な先入観のあるインタビュアーにとっては、実にやりにくかったことだろう。)

他の出演者は、有名民謡歌手のキムセレナ、韓国の伝統的語り芸(まるでラップのようだった)の第一人者の方(うちのバンドのドラムと掛け合いをやった記憶がある)などだった。


キムセレナ68年の「セタリョン(鳥の唄-韓国では知らない人がいない、
この曲を知らないと言う自称韓国人があなたの近くにいるとしたら、
その人は実は韓国人じゃないね・・というほどの有名曲)」

吉屋さんはアリランファンタジー(アリランJazzバージョン)ほか民謡メドレー」イビョルなどをSax演奏し、
1990年
などを歌った
民謡をやっている時には、ステージ前にチマチョゴリを着たみなさんが、どんどん集まってきて踊っていたなあ。

http://www.youtube.com/watch?v=ejXsuHXvDlY&feature=player_embedded
吉屋潤「1990年-菅原洋一バージョンで紅白で歌われ、鹿内孝、加藤登紀子、伊東ゆかり、アローナイツなどなどのカバーがある名曲」

Please follow and like us:
The following two tabs change content below.
工藤ゴウ(KUDO GO)宮崎県西都市、西南戦争で西郷隆盛が泊まった旅籠屋跡の古い日本家屋で生まれ、以降延岡育ち。 上京後、現在は東京と宮崎市に拠点。 音楽データサービス、WEBデザイン等デジタルコンテンツ制作の仕事を、かれこれ20年以上続けています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です