80年代のDIVAたち-その2オフラ・ハザ

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89年に僕が一番のヘビーローテーションで聞いた曲が、
オフラ・ハザ「Im Nin ‘alu イムニン・アルー」だった。
その後もずっと聴き続けている。

オフラ・ハザは僕にとって、DIVAそのもの。

僕が「DIVA」という言葉を聞いて、真っ先に思いうかべるのは、
民族衣装を着た、中近東のお姫様のようなオフラ・ハザの姿と、美しい瞳、
そして天上から降ってくる星の光のような優しい彼女の声だ。

2000年2月に肺炎(夫がHIV感染者でそれのせいだったと言われている)で亡くなり、
国葬級の葬儀が営まれ、首相からメッセージがあったという、イスラエルの国民的歌手だった。
両親はイエメン出身で、イエメンの古い民謡を歌ったアルバム「Yemenite Songs」が、
ヨーロッパ(特にドイツで)大ヒットとなり世界的に知られる歌手となった。

Ofra Haza Im Nin Alu

あのブームは何だったのか?と今、いろいろな分析がされているようだが、
80年代後半から90年代前半にかけて、世界中で大規模な「ワールド・ミュージック・ブーム」が起きた。
「シェブ・ハレド」「ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン」「ジプシーキングス」
「ユッスー・ンドゥール」「キング・サニー・アデ」
などなど、

いろいろな国でルーツ・ミュージックをやっていたアーティストが世界的に有名となった。
オフラ・ハザはその中の代表的女性アーティストだった。

I Want To Fly – Ofra Haza

Youtubeができて最も嬉しかったことは
(Youtubeには「負」の部分もたくさんあると思うのだけれど)、
昔は見ることのできなかった、大好きなアーティストのパフォーマンスが、
見られるようになったこと。
今はオフラ・ハザのイスラエルやいろいろな国でのテレビ映像をたくさん探して見ることができる。
凄いことだなあ。

Ofra Haza-Im Nin Alu1978

Mi Li Yiten – Ofra Haza

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工藤ゴウ(KUDO GO)宮崎県西都市、西南戦争で西郷隆盛が泊まった旅籠屋跡の古い日本家屋で生まれ、以降延岡育ち。 上京後、現在は東京と宮崎市に拠点。 音楽データサービス、WEBデザイン等デジタルコンテンツ制作の仕事を、かれこれ20年以上続けています。

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