70-80年代の韓国名バラード集2

송골매 ソンゴルメ SongGolMae (隼)
모두다 사랑하리(モドゥダサランハリ すべてを愛してる)
(1982年)ソンゴルメは80年代韓国でもっとも人気のあったグループサウンド。
80年代末の頃まで、韓国ではロックバンドのことをグループサウンドと言っていた。
(日本の60年代GSグループサウンズの語が伝播したと考えられる。)

ペ・チョルスが昔、黄金期メンバーでの再結成を一度発表したのだが、
これはまだ実現していない。残念だ。
というのは、この曲でリードボーカルをやっているク・チャンモが脱退してから、
一度も一緒にやってないはずだから。
ソンゴルメペ・チョルスク・チャンモの2人リーダーだった。

2009年から復活した新ソンゴルメは、この2人元リーダー抜きのメンバーだ。
しかし来年あたりの大きなイベントで、新ソンゴルメ+ペ・チョルス+ク・チャンモの姿が
見られるかもしれない。韓国のファンはそれを待ち望んでいるからねえ。ク・チャンモはその後、「ヒナリ」の大ヒットなどソロで成功し、
日本では吉屋潤先生のディナーショーなどにも出演しているので、
僕は3回ほどバックで演奏したことがある。-その話はまたいずれ。この曲は、イントロのギターアルペジオの6th音の使い方がうまい。
曲を作ったのはキム・スチョル

 

나미 ナミ
슬픈 인연 (スルプンイニョン 悲しい縁)
(1985年)

これは宇崎竜童作曲、阿木燿子作詞の「絆」と言う曲で、
橋幸夫が歌ったが、日本ではそれほどヒットしなかった。
橋幸夫リバスター音産副社長時代の曲、当時の有線放送ではよく流れていた)

 


なぜかイントロやオケのアレンジなどもそのまま韓国に渡り、

韓国では、나미(羅美ナミ)の歌で大ヒットした。

当時の楽譜を見ると宇崎竜童の名前はクレジットされてないが、
今はUzakiとちゃんとクレジットされるようになっている。
日本と韓国との国際著作権契約が無かった時代なので、
韓国側が無断使用してしまった可能性が大きく、
その後ちゃんと契約が成立したと考えられるが、
詳細については宇崎竜童阿木燿子さんじゃないとわからない。

事情はともかく曲は名曲。埋もれなくて良かったと思う。
韓国では、いろいろなアーティストが今もカバーするスタンダードナンバーとなっている。

해바라기 ヘバラギ
사랑으로 サランウロ 愛で
(1989年)

ヘバラギ(ひまわり)は、
もう30年以上やっているフォークデュオ。
昔の日本だとビリー・バンバン
今の日本だとコブクロみたいなデュオですね。

 

 

 

 

 

 

 

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工藤ゴウ(KUDO GO)宮崎県西都市、西南戦争で西郷隆盛が泊まった旅籠屋跡の古い日本家屋で生まれ、以降延岡育ち。 上京後、現在は東京と宮崎市に拠点。 音楽データサービス、WEBデザイン等デジタルコンテンツ制作の仕事を、かれこれ20年以上続けています。

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