宇宙戦艦ヤマトの原作者・西崎義展(弘文)さんの訃報

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ニュースを見て驚いた。

11月3日に西崎義展(本名・弘文)さんのことを書いたばかりだが、
今日、東京都小笠原村父島の海で船から転落して亡くなられたとのこと。
ご冥福をお祈りしたい。3日のエントリーには書かなかったが、

西崎さんは僕がお会いした時にはもう、足がかなり悪くなっておられて
車椅子で移動され、看守がつきそっていた。

声も少し弱々しくなって、
僕が以前にテレビのインタビューでお見受けした時の様子から比べると、
ずいぶんと苦労されたのだなあと思った。

デスラー総統『スタートレック』のミスター・スポックを思い起こさせるお顔で、
そのことが、強く印象に残った。

 

あれだけ体が弱っておられる状態だと、
ご無理をすることは避けられたほうが良かったのだろうとは思うが、
何より好きな「船」で、どこより好きな「海」で亡くなられたのは、
最後の幸せだったのではないかと思いたい。
西崎プロデューサーが最初に頭角を表したのは『海のトリトン』の製作だった。

 

僕が3日のエントリーで書いた、

当時覚せい剤を西崎さんに執拗に勧めた男がいて、
これについて調べると「謎」が残る。

という部分だが、
この「謎」というのは、
当時、西崎さんから宇宙戦艦ヤマトのすべての権利を奪いとるための
なんらかの、キナ臭い働きかけがあったのではないか?
ということだ。
東京拘置所で、その話もうかがったのだが、
「その男の行方を知ってますか?」と聞かれた。
その男は行方不明で、西崎さんの逮捕後どこに行ったのかまったくわからず、
その男を問いたださないと真実はわからないままなのだ。

こういういくつかの謎も抱えたまま、
西崎さんは、旅立たれた。

 

 

西崎さんが亡くなって、一つ思い出したのは、
池玲子という「日本初のポルノ女優」と呼ばれた女優さんだ。
池玲子は、僕が中学生時代「女番長シリーズ」でたいへん人気があった東映女優だが、
彼女と西崎さんは、昔いっしょに暮らしていると報じられたことがあった。

池玲子は、たいへん才能にも恵まれた女優でありながら、
覚せい剤不法所持以降、あまり表舞台で仕事をしなくなった。
西崎さんも、日本アニメ史上稀有の素晴らしいプロデューサーでありながら、
覚せい剤で、経歴を汚してしまった。

こういう「薬物が汚す才能」のことを考えると、いっそう悲しくなってくる。

 

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工藤ゴウ(KUDO GO)宮崎県西都市、西南戦争で西郷隆盛が泊まった旅籠屋跡の古い日本家屋で生まれ、以降延岡育ち。 上京後、現在は東京と宮崎市に拠点。 音楽データサービス、WEBデザイン等デジタルコンテンツ制作の仕事を、かれこれ20年以上続けています。

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