ダーク・ダックス、デューク・エイセス、ボニー・ジャックスと「歌はともだち」

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昔々うちにダーク・ダックスのLPレコードがあって、物心ついた頃から時折聞いていた。
箱根八里(箱根の山は天下の険-現在は学校で教える歌から外れているらしい)の
アカペラから始まるアルバムだったと記憶しているが、昔のことだからあんまりよくは覚えていない。

1950年代の日本に、本格的な男声カルテットがいくつも生まれ、
中でもダークダックス、デュークエイセス、ボニージャックスは、
日本における3大男声カルテットとして親しまれてきた。

それぞれに持ち味がちがい、
ダーク・ダックスはチェロやバイオリンのストリングス・アンサンブルのような響き、
デューク・エイセスはフルバンドのトランペットやトロンボーンのような張りのある金管楽器の響き、
ボニー・ジャックスはフルートやオーボエの柔らかい木管楽器の重なりのような響きだったように思う。

60年代~70年代前半のテレビ番組には、この3大男声カルテットがよく出ていた。
歌謡番組や紅白歌合戦にも出演していたが、
NHKで「歌はともだち」(土曜日の18時から放送)という少年少女向け歌番組をやっていて、
これに3グループともよく出ていた。
(確かボニー・ジャックスがレギュラーだった。)

「歌のメリーゴーランド」という番組のあと番組で、
前番組時代よりずっと面白かったのをよく覚えている。
「歌のメリーゴーランド」はスタジオ収録で、児童合唱団がひたすら歌う番組、
「歌はともだち」は、いろいろなゲストが出てくるホールでの公開番組だった。

よく考えると、これと「みんなのうた」と「アニメソング」とが、
音楽原体験だったという人はけっこう多いのではないかなあ?

ダーク・ダックスの歌うロシア民謡、デューク・エイセスの歌う「鉄人28号」のようなアニメソング、
ボニー・ジャックスの歌う「小さい秋みつけた」などなど。
50年代~70年代前半生まれにとっての、一番幼い頃の音楽共通体験ってこれらの曲なんじゃなかろうか。

ともしび ダーク・ダックス

夜霧のかなたへ 別れをつげ
雄々しきますらお 出でて行く
窓辺にまたたく ともしびに
つきせぬ乙女の 愛のかげ

戦いにむすぶ 誓いの友
されど忘れ得ぬ 心の街
思い出のすがた 今も胸に
いとしの乙女よ 祖国の灯よ

やさしき乙女の 清き想い
海山はるかに へだつとも
ふたつの心に 赤く燃ゆる
こがねのともしび 永久(とわ)に消えず

 

ダーク・ダックスが初めて紅白歌合戦に出演した時に歌った曲が、
このロシア民謡「ともしび」だ。
ロシア語の元の歌詞は、もう少し愛国的なニュアンスのものだそうだ。
この日本語の名訳詞で「戦争に出て行く兵士とそれを待つ少女」との愛の物語の部分が強調され、
それが敗戦後の日本人の共感を呼んだのだろう。
50年代~70年代、日本全国で愛唱された。

ダーク・ダックスの哀切な弦楽四重奏のような名唱は、
「その兵士はもしや帰って来なかったのではないか?」という想いを誘う。

トップテナー高見沢宏さんの、ファルセットと表の声との音色に
ほとんど境のないハイトーンが実に美しい。

この曲も今の子供達はあんまり知らないらしい。
どうやら、文科省がこういう短音階の作品を、
なるべく教えないような方針にしていると聞いたが、本当なのだろうか?

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工藤ゴウ(KUDO GO)宮崎県西都市、西南戦争で西郷隆盛が泊まった旅籠屋跡の古い日本家屋で生まれ、以降延岡育ち。 上京後、現在は東京と宮崎市に拠点。 音楽データサービス、WEBデザイン等デジタルコンテンツ制作の仕事を、かれこれ20年以上続けています。

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