USENチャートで連続5週一位。
ソース-日テレ24
オリコン(CD実売数)のほうでは、まださほど大きい数字を獲っているわけではないのですが、
USENチャートは、ほぼ飲み屋街ランキングなので、
夜の街で歌われる歌として定着すると、実に息が長いヒット曲となります。

この曲は、ホステスのオネエちゃんたちが好きな要素をいくつも持っている曲ですので、
(感情移入できる歌詞、声の聞かせ所のあるメロディなどなど)
さらにロングヒットとなるかもしれませんね。「一番綺麗な私を抱いたのはあなたでしょう」というリフレインの歌詞は、
耳をキャッチさせるフレーズとしてよくできていて、感心しました。
「悔恨や怨み」の情がこもっていますね。
こういう「悔恨や怨み」を歌で聞くのは、大嫌いだという人も多いかもしれませんが、
大衆歌というものは、元々「悔恨や怨み」の感情と不可分です。
歌は、その時々の感情をこめて、人間の発した言葉や叫びから生まれてきたものですから。
それは「歓び」の時もあるけれど、「悲しみ」の時もあります。
「つらさ」や「怨み」の時も当然あります。
古くは「五木の子守り歌」に歌われているのも怨みですし、
中国地方の子守唄「起きて泣く子のつら憎さ」というのも怨みです。
「竹田の子守唄」には歌詞全編に怨みの情がこもっています。
「悔恨や怨み」は、演歌や歌謡曲にとっても重要なテーマであり続けてきました。
菊池章子「星の流れに」、西田佐知子「東京ブルース」、藤圭子「圭子の夢は夜ひらく」、
梶芽衣子「怨み節」中島みゆきの「うらみ・ます」などなどなど。
前回のエントリーでブルースのことに少し触れましたが、
ブルースもそういうテーマと不可分の音楽ですね。
「ブルーな感情」つまり「憂鬱」や「つらさ」を表現したものがブルースで、数多くの曲で
「悔恨や怨み」が歌われてきました。

恨五百年楽譜
私がよく書く朝鮮半島の音楽でも、有名な民謡「恨五百年」という曲をはじめとして、
枚挙にいとまがないほど「恨」の歌は多いです。
トロットまたはポンチャクと呼ばれる韓国演歌、特に昔のものには「恨」を歌った歌が多く、
「ハンマヌン・テドゥンガン=恨みのテドゥン河」「木浦の涙」などの歌詞に、はっきりと歌われています。
そういえば「怨」は主に現実に対する不満を表し、
「恨」は後悔を表す語なのだそうです。
韓国の「恨」の情というのは、実は日本人が想像するような「怨=不満」の表出ではなくて、
無常観に近い概念のことで、求めても叶えられない諦念や後悔などの入り交じった、
複雑な感情のことなのですね。
しかし、私が昔デートしたことのある韓国の女の子は、根っからのロック&ポップスファンで、
そういう「恨」のトロットは、大嫌いだって言っていたのを思い出します。
「タンジャンエ・ミアリコゲ」という曲の「タンジャンエ=断腸の」という曲名や
歌詞の「ハンマヌン・ミアリコゲ=恨みのミアリ峠」という言葉を聞いただけで、
身震いがするくらい大大大嫌いだと言っていました。
アメリカ黒人の若い世代がブルースを嫌ってR&Bに流れ、
日本で若い世代が演歌を嫌ってJ-POPに流れるのと、
まったく同じ現象が韓国でもあったわけですね。
(あ、僕は演歌大好きでカラオケでは「石狩挽歌」などを歌います。
ジャンルに好き嫌いがあったらカラオケデータ制作なんてできないですからね。)
