歌謡史の金字塔「また逢う日まで」は日本産ファンク初の大ヒット?尾崎紀世彦さん追悼

尾崎紀世彦さんが亡くなった。R.I.P.
今年は、音楽に大きな足跡のあった方々の訃報を次々に聞く年で、悲しくて淋しくてしょうがない。

僕が英語のウタを聴き始めて間もない1971年、日本一の歌手だったのが尾崎紀世彦さん。
1971年日本音楽界のマネーメーキングアーティスト・ナンバーワン。
この頃、一本の番組に出るギャランティーが美空ひばりを超えて日本一だったと記憶している。
尾崎紀世彦さんは72年、ワンマンショー音楽番組「フィーリン・ナウナウ尾崎紀世彦ショー」を持っていた。
たぶん日本版「THIS IS TOM JONESトム・ジョーンズショー」「アンディ・ウィリアムズショー」を意識した番組だったのだろう。
ゲストに西郷輝彦さんやトワ・エ・モアや越路吹雪さんなどの日本のPOPS歌手が出ていて、
尾崎さんPOPSのカヴァーを歌うのが、
英語のウタを覚えたての中坊の僕には、たいへんに勉強になった。
尾崎紀世彦さん、お師匠さんです。

尾崎紀世彦さんの「また逢う日まで」が今日、iTuneの歌謡曲チャートで1位だそうだ。
この「また逢う日まで」は、まぎれも無いファンクの曲で、
日本初の本格的国産ファンク大ヒット曲(BPM=102ぐらいの、少しハネる16ビート)なんじゃないだろうか?

もしそうなら、これは日本大衆音楽史上のエポックメイキングなヒットということになる。
とてつもなく意味が大きい。

リズムトラックから見る大衆音楽史というのが、”メロディーちょー重視”の日本ではわりと軽視されがちだが、
これはむちゃくちゃ重要な問題なのですよ。

ものすごくおおざっぱにインテンポのリズムの歴史を追うと
2ビート(1900年以前~)→JAZZビーツ(4ビート1900~1950年代~)→ROCKビーツ(8ビート1950年代~)→FUNKビーツ(1960年代後半~)
のような発展をしてきた。
(ここではヨーロッパ産の重要なリズムであるワルツや、サンバなどの民族音楽系のリズムにはふれない。)

昔の日本の「フリーソウル」や「フィリーソウル」の音源を集めてらっしゃるDJの方には、
僕よりここへんの時代のリズムトラックについて詳しい方もいらっしゃることと思うので、
何か情報があったら教えてください。

忙しさにかまけて、またブログの更新が滞ってしまった。

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